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東京地方裁判所 昭和60年(行ウ)145号 判決

原告

大倉勘助

原告

佐藤定治

原告

原稔

原告

川西栄蔵

右原告ら四名訴訟代理人弁護士

藍谷邦雄

吉田健

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

小林紀歳

小泉幸雄

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  原告大倉勘助、同原稔、同佐藤定治

1  被告は、原告大倉勘助に対し、金八〇万九六〇〇円及び内金一〇万二〇〇〇円につき昭和六一年七月八日から、内金二四万六〇〇〇円につき平成元年九月一九日から、内金二九万四四〇〇円につき平成元年一一月七日からそれぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告原稔に対し、金五九万六一〇〇円及び内金九万三五〇〇円につき昭和六一年七月八日から、内金五〇万二六〇〇円につき平成元年九月一九日からそれぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告佐藤定治に対し、金八三万一六〇〇円及び内金一一万二二〇〇円につき昭和六二年一一月一八日から、内金二九万一〇〇〇円につき平成元年九月一九日から、内金一三万二六〇〇円につき平成二年二月二四日から、内金二九万五八〇〇円につき平成二年四月一八日からそれぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告川西栄蔵

1(主位的請求の趣旨)

被告は、原告川西栄蔵に対し、金九三万五七〇〇円及び内金二六万〇七〇〇円につき昭和六二年六月二一日から、内金二三万六四〇〇円につき平成元年九月一九日から、内金八万一六〇〇円につき平成二年二月二四日から、内金三五万七〇〇〇円につき平成二年四月一八日からそれぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2(予備的請求の趣旨)

被告は、原告川西栄蔵に対し、金六八万〇四〇〇円及び内金一四万八四〇〇円につき昭和六二年六月二一日から、内金一五万四六〇〇円につき平成元年九月一九日から、内金五万一〇〇〇円につき平成二年二月二四日から、内金三二万六四〇〇円につき平成二年四月一八日からそれぞれ支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、昭和六〇年三月三一日までいずれも被告の正規の職員であり、同日定年退職し、同年四月一日から嘱託員として再雇用された原告らが、再雇用後の年次有給休暇の日数については、再雇用は労働基準法三九条の「継続勤務」を中断するものではないのに、被告においてこれを継続勤務には該当しないとして、再雇用前と同じ日数の年次有給休暇の取得を認めなかったことは、被告の不当利得ないし不法行為に当るとして、被告に対し不当利得返還ないし損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  当事者の関係

(一) 被告は、地方自治法一条の二に定める地方公共団体であり、同法二条三項六号に定める屠場及び同法同条同項一一号に定める市場として、東京都港区に東京都中央卸売市場食肉市場を設置し、牛・豚の屠畜・解体の業務を行なっているものである。

(二) 原告らは、いずれも、昭和五〇年一一月二六日財団法人東京芝浦食肉事業公社に就職し、昭和五五年七月三一日同公社を退職し、同年八月一日に被告職員に採用され、昭和六〇年三月三一日後記定年条例により被告を定年退職し、同年四月一日に被告に嘱託員として再雇用された者である。

2  地方公務員法の改正及び「東京都再雇用職員設置要綱」の決定に至るまでの経緯

(一) 地方公務員法(以下、地公法という。)は、従前、職員の定年退職について規定していなかったところ、昭和五六年同法の改正(昭和五六年法律第九二号)により、定年退職制度(二八条の二)が新設された。

右地公法の改正をうけて、被告は「職員の定年等に関する条例」(昭和五九年東京都条例第四号、以下、「定年条例」という。)を制定し、これによって被告職員は年齢六〇年に達した日以後における最初の三月三一日に退職することになった。

(二) そして、定年退職者の再雇用にかかる者の職名・職・任用・雇用期間・服務・勤務日数・勤務時間・休暇・報酬等については、「東京都再雇用職員設置要綱」(昭和六〇年三月二二日、五九総人調第六二号、総務局長決定、以下、「要綱」という。)が制定(昭和六〇年四月一日施行)され、定年退職者の再雇用については、これにより運用されることとなった。

右要綱の概要は次のとおりである。

〈1〉 再雇用職員(職名は嘱託員)は地公法三条三項三号に定める特別職の非常勤の職員である。

〈2〉 嘱託員の職は、再雇用適職基準に基づき、総務局長が指定する職としその任用数は総務局長が定める。

〈3〉 嘱託員は、再雇用を希望する者でかつ、正規職員を退職する前の勤務成績が良好であり、任用に係る職の職務の遂行に必要な知識及び技能を有し、健康でかつ意欲をもって職務を遂行すると認められる者の中から選考の上、知事が任命する。

〈4〉 嘱託員の雇用期間は、一年以内とし、雇用期間内の勤務成績が良好であることなど一定の要件を備えている者については、その雇用期間を二回に限り更新することができる。

〈5〉 嘱託員の勤務日数は月一八日とし、勤務時間は一日八時間である。

〈6〉 嘱託員には、年次有給休暇を一年目は五日、二年目は六日、三年目以上は七日付与する。

雇用が更新された場合においては、前年度に付与した年次有給休暇日数の内、使用しなかった日数がある場合は、当該年度に限りこれを繰り越すことができる。

〈7〉 嘱託員には報酬及び費用弁償を支給する。

(三) 右要綱の制定にさきだつ昭和六〇年二月一八日、「人事制度に関する協定」が被告と東京都労働組合連合会(以下、「都労連」という。)との間で締結され、それぞれ東京都副知事横田政次と都労連執行委員長宮部民雄がこれに調印した。この中で、再雇用制度については、別紙において勤務条件が定められ、年次有給休暇付与日数は、一年目五日、二年目六日、三年目七日とされていた。

3  原告らの正規職員当時の有給休暇等の勤務条件及び原告らの所属する労働組合との交渉の経過

(一) 原告らが正規職員であった時の勤務時間及び有給休暇に関する勤務条件は、週の勤務日数は六日、一日の労働時間は八時間以内とされ、年次有給休暇の付与は、各年一月一日から一二月三一日までを一年とし、一年に二〇日の年次有給休暇が付与され、その年に使用されなかった日数がある時は、翌年に限りこれを請求できるとされていた(〈証拠略〉)。そして原告らは昭和五九年度の年次有給休暇二〇日を同年度中には消化せず、すべて昭和六〇年度に繰り越された。

(二) 原告らが再雇用された後である昭和六〇年四月以降、当時原告らが所属していた全芝浦屠場労働組合(以下、「屠場労組」という。)と被告との間において、昭和六〇年度より採用された再雇用にかかる嘱託員の労働条件について何度か交渉がなされ、嘱託員の年次有給休暇については同年五月一四日の第一回目の交渉において屠場労組より提起されたが、双方の意見の一致を見なかったところ、同年一〇月二日に至り、屠場労組の連絡員(都職員)より東京都中央卸売市場食肉市場の作業第一課長及び作業第二課長に対し、嘱託員の組合員に四〇日の年次有給休暇日数から使用済みの日数を差し引いた残日数を使用させたいので認めてもらいたい旨の申し入れがあったが、両課長は、「嘱託員の休暇は五日となっているので、例外措置は認められない」としてこれを断わった。なお、原告らがその所属課長に対し、直接右のような申し入れをしたことはなかった。

4  原告らの作業内容

(一) 原告大倉は、正規職員時も嘱託員時も東京都中央卸売市場食肉市場作業第一課に配属され、牛及び馬の屠畜解体に関する作業に従事し、具体的作業内容は前者においてはネコ車による内臓物の運搬作業であり、後者においてはトロリーの保守点検等であった。

(二) 原告佐藤は、正規職員時も嘱託員時も右同作業第二課に配属され、豚・羊及び子牛の屠畜解体に関する作業に従事し、具体的作業内容は、前者においては整形・残毛取り及び水洗いであったが、後者においてはスモール(一才未満の子牛)の屠畜解体作業及びトロリー等の保守点検の作業に従事した(原告佐藤本人尋問の結果)。

(三) 原告原は、正規職員時も嘱託員時も右同作業第二課に配属され、豚・羊及び子牛の屠畜解体に関する作業に従事していたが、具体的作業内容は前者においては内臓摘出作業、後者においては最初の一月半はそれ以前と同じ作業に従事し、それ以後は連絡員補助の作業に従事していた(原告原本人尋問の結果)。

(四) 原告川西は、正規職員時も嘱託員時も右同作業第一課に配属され、前者においては大動物の屠畜解体作業、主として皮むき作業、後者においては胸割り・股引き、機械類の小修理、ナイフ類の研磨作業に従事した(原告川西本人尋問の結果)。

二  争点

原告らの被告における正規職員としての勤務と嘱託員としての勤務が労働基準法三九条にいう「継続勤務」に該当するか否か。

第三争点に対する判断

一  労働基準法は、一年間継続勤務し、全労働日の八割以上出勤した労働者に対して一定日数の年次有給休暇を与え、二年以上継続勤務した労働者には、その年数に応じて有給休暇日数を逓増すべきものとしている(三九条)。

そして、労働契約という私的契約により生ずる労働関係だけでなく、採用という行政行為によりその身分関係が生じ、勤務条件については条例で定めることが要求される地方公務員の労働関係についても、原則として労働基準法が適用されることは地公法五八条三項の規定からも明らかである。

ところで、労働基準法三九条にいう「継続勤務」に該当するか否かは、有給休暇制度の趣旨が労働者を労働から解放することによって心身の疲労を回復させ、また文化的生活を確保させることにより、より質の高い労働力の継続的提供を可能ならしめることにあることからすると、形式的に労働者としての身分や労働契約の期間が継続しているかどうかによって勤務が継続しているかどうかを決すべきではなく、実質的に労働者としての勤務関係が継続しているかどうかにより決すべきものである。

したがって、本件においても、原告らは正規の職員として勤務した後、翌日から嘱託員として採用され、同一の当事者間に勤務関係が接続して存在していることは明らかであり、しかも仕事の内容も正規職員としてのそれと嘱託員としてのそれとの間には前記事実からすれば大差はないというべきであることからすれば、一旦は条例の定めにより正式な退職手続が取られているとか、常勤の正規職員であったものが非常勤の嘱託員として新たな手続により再採用されているという形式的あるいは手続的なことのみによっては、継続勤務に該当しないとすることはできず、かえって、勤務状況に実質的な変更がないのであれば、継続勤務に該当すると解すべきである。

しかしながら、実質的勤務状況の上で、正規職員であった時と嘱託員となった後との間に、後者のほうが勤務の態様が著しく軽いというような差異がある場合、例えば勤務日数が大幅に減少したという場合にも継続勤務に該当し有給休暇日数が増加するとすることは、特に年次有給休暇の比例付与が条文上明らかにされていなかった昭和六二年法律第九九号による改正前の労働基準法のもとにおいては、前記年次有給休暇制度の趣旨からしても相当ではなく、むしろ右趣旨からすれば所定勤務日数が大幅に減少したような場合には、有給休暇の日数も減少すると解するほうが妥当であり、また、それが従前の所定労働日数の下でのみ有給休暇を与えられるにすぎない正規職員との間の公平にも適合するというべきである。このことは、例えば、週の所定勤務日数が六日であった正規職員が嘱託員に再採用されて週の所定勤務日数がその半分の三日に減少したような場合を考えれば明らかであって、かかる場合は、正規職員と嘱託員との間の勤務関係は実質的には別個であって、両者の間には勤務の継続はなく、勤務年数の通算もないと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、原告らは、正規職員当時は週六日勤務していたが、嘱託員としての再採用によって月一八日間(週四日相当)のみ勤務すれば足りることになったもので、勤務日数は大幅に減少したものという他はないから、右に述べた理由により、正規職員であった時と嘱託員となった後との間には継続勤務の関係はないと解するのが相当である。

したがって、原告らについては、仮に、嘱託員として再採用された後の労働関係についても右改正前の労働基準法三九条が適用になると解しても(昭和六三年四月一日以後は改正後の労働基準法三九条が適用されることは明らかである。)、有給休暇日数については、正規職員であった時の年数は通算されず、また、正規職員当時有していた未消化の有給休暇日数も、原告らの定年退職により消滅し、嘱託員としての有給休暇に繰り越されることもない解(ママ)すべきである。

二  また、原告らは、正規職員であった当時は、採用一年目から年二〇日の有給休暇を与えられるなど、労働基準法の基準を上回る有給休暇を与えられていたが、この法定外の有給休暇も原告と被告との労働契約の内容となっていたものであるから、右法定外の有給休暇も正規職員と嘱託員との間に労働基準法三九条にいう勤務の継続という関係があれば嘱託員としての労働関係に引き継がれるものであり、仮に、引き継がれないとしても、嘱託員としての再採用は労働契約の一部更改であり、労働日や賃金等合意があった範囲でのみ契約が更改され、合意のない部分については正規職員としての契約内容が維持されている旨主張する。

しかしながら、公務員の採用を労働契約であると解すべきであるか否かはともかく、正規職員としての勤務と嘱託員としてのそれとの間には労働基準法三九条に定める勤務の継続という関係が存在しないことは前述のとおりであり、また、正規職員としての採用及びその定年退職と、嘱託員としての再採用は全く異なる法律関係であるから、新たなる合意なくして前者の勤務条件が後者の勤務条件となることはない(この点は、労働基準法上の有給休暇付与の要件としての勤務の継続が認められるからといって、契約内容も引き継がれることにはならないことからも明らかである。)と解すべきである。さらに、正規職員を定年退職したものは当然に嘱託員として再採用されるものではないことは前記要綱から明らかであるので、労働契約の更改とも解されない。

したがって、原告らの右主張も理由がない。

三  有給休暇の比例付与が認められるに至った改正後の労働基準法三九条が原告らにも適用されるべきことは明らかであるが、原告らの嘱託員としての有給休暇日数算定の基礎となる勤務日数は、嘱託員として採用された時から新たに通算すべきところ、(証拠略)によれば、被告の要綱は平成二年度には改正され、それまで二回に限り雇用の更新ができるとされていたものが四回まで更新できることとされるとともに、嘱託員の月の勤務日数は一六日に減少し、有給休暇日数は四年目及び五年目には八日与えられることになっていることが認められ、右事実からすれば被告の要綱は労働基準法三九条、同法施行規則二四条の三には違反しない。

四  また、仮に、正規職員としての勤務と嘱託員としての勤務が、有給休暇の比例付与が認められるに至った改正後の労働基準法三九条の継続勤務には該当すると解釈すべきであるとしても、右改正は原告らが再雇用された後になされ、本件訴訟提起後の昭和六三年四月一日から施行されたものであり、本件要綱が策定された時点においてはまだ有給休暇の比例付与は労働基準法上は明確にされていなかったものであるから、被告において右要綱を定め、被告の前記課長が屠場労組の連絡員に対し右要綱に規定された日数しか与えられない旨告げたとしてもこれを違法とすることは出来ない。

また、さらに、年次有給休暇の権利は労働者が一年間継続勤務し、全労働日の八割以上出勤するという客観的要件を充足することによって法律上当然に発生する権利であるが、年休日について就労の義務を消滅させるためには、労働者において年休を特定するための時季を指定しなければならず(労働基準法三九条四項)、右指定なくしては、就労義務は消滅しない。

本件においては、原告らにおいて要綱に定める日数以上の日数につき、具体的な日時を指定して時季指定をなしたと認めるに足る証拠はないから、右日数につき原告らの就労義務は消滅しておらず、したがって、被告において原告らの就労日に対応する報酬を支払っている以上、不当に利得を得たとは認められず、不当利得の主張も理由がない。

(裁判官 高田健一)

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